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熊本地方裁判所 昭和33年(ワ)81号 判決

原告

村上直喜

外一名

被告

立川初次

外一名

主文

被告等は各自原告直喜に対して金十四万一千百円、原告千子に対して金十万円及びこれ等に対する昭和三十三年九月二十四日以降支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告等の、その一を被告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は各自原告村上直喜に対して金二十九万一千百円、原告村上千子に対して金二十五万円及びこれに対する本訴状送達の翌日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

一、被告立川忠四は被告立川初次所有の自家用自動車の運転業務に従事する者であるが昭和三十二年四月二十三日午後四時三十分頃右立川初次所有熊第一ー一三八二号貨物自動車に盛土用の土約五屯を積載して運転し時速約三十粁にて玉名郡天水町大字小天字石橋所在の天水橋西北方堀田博商店前に差しかゝつた際約二十八米左前方天水橋欄干際に原告両名の長男方康(満四年)が歩行中なるを認めたが同速度のまゝ警笛を吹鳴せず右側三又路のみ注意して右幼児の注視を怠り漫然進行し右橋上を通過する際右村上方康が突然進路に出たのに気付かず左側荷台下部附近に同人を激突させ跳ね飛ばし同人の左側頭蓋骨破砕並に頭蓋内容全抽出等により即死させるに至つた。

二、斯る場合幼児は近接する自動車に狼狽して何時意表に出る行動を起すかも予測できないから自動車運転手は警笛を吹鳴し十分前後左右を注視し突嗟の場合直ちに急停車措置が直ちに効を生ずる程度に減速し四囲の状況を看取してこれに即応する適宜の措置を講じ以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。

本件事故は右立川忠四が斯る注意義務を怠りたるにより発生したものであるから右立川忠四は右村上方康の両親である原告両名のよりて蒙りたる損害を賠償すべき責任がある。

三、被告立川初次は前記自動車を以てする物品運送業務に被告立川忠四を使用中起した事故であるから右立川初次は使用者として原告両名に対しその損害を賠償すべき義務がある。

四、原告両名には三女があり右方康は一人息子である、一人息子の無惨な死亡のため異常の衝撃を受け殊に事故現場が原告等の家の直前なるため傷心は一倍でいまなお精神の平静を取戻し得ない。

原告村上直喜は玉名保健所に勤務し月給一万九千三百円を得ている外相当の不動産を所有し原告村上千子は表記住所に於て薬局を開業せる薬剤師である。

被告立川初次は本件自動車で物品運送業を営む外表記住所に於て食料品店を経営し相当の財産を所有している。

斯る状況であるから被告両名は各自原告村上直記に対して金二十五万円原告村上千子に対して金二十五万円を支払い以てその精神上の苦痛を慰藉すべき義務がある。

五、原告直喜は前記方康の死亡により葬式費用として一、葬儀飾付費一万円、二、生花代三千五百円、三、礼状封筒代八百円、四、自動車賃金三千五百円、五、米代四千八百円、六、寺費用八千円、七、告別式食費六千円、八、手伝人食費二千五百円、九、線香代八百円、十、酒代四千二百円、十一、菓子代二千円、合計金四万六千百円を支出し香典として金三万円を収受し香典返として金二万五千円を支出した。

六、よつて被告両名各自に原告村上直喜は前記慰藉料金二十五万円、葬式費用金四万一千百円合計金二十九万一千百円原告村上千子は慰藉料金二十五万円及び各これに対する本訴状送達の翌日より完済迄年五分の割合による損害金の支払を求むるため本訴請求に及んだ。

尚、被告等の過失相殺の抗弁に対し、本件事故当時原告村上千子は方康等を連れて帰宅途中であり方康は原告千子の後方より歩いていた時の瞬間の出来事であり、前記天水橋は交通頻繁な場所でもないし、原告等は親として右方康に対する監護義務を怠つたことはないと述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、請求原因に対し、原告主張の日時場所において原告等の子方康が被告忠四の運転する貨物自動車に触れて死亡した事実は認めるが,右死亡は被告忠四の過失に基因するものではないので被告等に責任はないと答弁した外、

抗弁として、たとえ本件事故が被告忠四の過失によるもので、被告等に損害賠償責任があるとしても、方康は当時四歳の幼児であり、本件事故は原告等が方康の父母として、同人に対する監督の義務を怠つた過失もその一因をなしているので、この点賠償額の決定にあたり当然斟酌されるべきであると陳述した。(立証省略)

理由

訴外亡方康が昭和三十三年四月二十三日午後四時三十分頃、熊本県玉名郡天水町大字小天所在天水橋において、被告忠四の運転する貨物自動車と衝突し、これがため右方康が即死した事実は当事者に争がない。

原告等は右事故は被告忠四の過失に因るものと主張し、被告等はこれを争うのでまずこの点について判断する。

成立に争のない甲第一ないし第十二号証によれば、当時被告忠四は時速三十粁位で進行していたが、衝突地点手前約二十八米に差しかかつた際、被害者方康と他に一人の幼児が天水橋欄干際に佇立しているのを認めた。このような場合、幼児は往々自動車の進行に無とん着に行動するとか或は自動車の近迫に狼狽して進路上に走り出るなどの不測の行動に出る虞があるので、運転者としては万一の場合を考慮して危険を感じたら直ちに急停車できる程度に減速徐行し、且又幼児の動静には十分の注視を払つて事故発生を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、被告忠四は減速措置もとらず又幼児等に対する注視も怠り漫然進行したゝめ、進路上に出てきた前記方康を自動車左側荷台枕木附近で跳ね飛ばし因つて同人を左側頭蓋骨破砕並に頭蓋内容全抽出等により即死させたものであることを認めるに十分であり、方康の死は被告忠四の過失に因ることは明白である。

右認定を左右するに足る証拠はない。

而して、当時右方康が四才であり原告等は方康の父母であること、被告忠四は被告初次の子で同人の営む物品運送業務に使用されているもので、本件事故は右業務執行中に惹起したものであることは当事者間に争がないのであるから、被告等は各自原告等が方康の死亡によつて蒙つた損害を賠償する責に任ずべきは明らかである。

そこで進んで被告等の主張する過失相殺の点について考えて見るに被告等は具体的に原告等の過失の体様を主張しないけれ共、前掲甲第八、第九号証によれば、本件事故発生前原告千子は三女を背負い方康の手を引き自宅附近の店に煎餅を買いに行き、その帰途店より四、五〇米位自宅の方へ引き返した時、方康の遊び友達である西村秀信(当時七才)が追いかけてきたので同人を伴い、方康の手を引き天水橋の上まで来た。ここで子供二人が遊びたがつているように感じたので方康の手を離して、自分丈そこから五米半位先の自宅に帰つて行つた事実、天水橋は自動車の往来も相当頻繁である事実を認めることができ、この認定に反するような証拠は何もない。

ところで右事実から考えられることは、原告千子が方康の手を離し後には七才の秀信と方康二人を残したまゝ自宅に帰つたことは、たとえ同原告に家に入つてすぐ又引き返してくる意志があつたとしても、不注意のそしりは免れないと思われる。けだし自動車は高速度であり、手を離した当時は附近に自動車の進行しているのは見当らなかつたとは云え、四才の幼児をこんな場所に監督者なくおくことは危険であると考えられるからである。母たる千子は、この場合方康等を自宅へ一緒に伴れ帰つた上遊ばせるか、どうしても駄々をこねるなら自分がその場に居て十分監視すべきではなかつたか。

このように見てくると、原告千子には母として方康に対する監護義務懈怠による過失があり、この過失も亦本件事故の一因と認めるのを相当とするから、同原告の右過失は損害額の決定につき当然斟酌せられるべきであり、この点の被告等の主張は理由がある。

原告直喜には本件事故につき過失があつたと認めるに足る証拠は何もないが、しかし千子の夫として、同人の過失が認められる以上、慰藉料たる精神上の苦痛に対する損害額については、千子の過失を考慮に入れるのを相当と考える。

そこで次に慰藉料の額について考える。

前掲の証拠及び甲第十三ないし第十八号証並びに原告本人直喜尋問の結果により認定できる、原告直喜は玉名保健所に勤務し月給一万九千余円を得ている外相当の不動産を有し、原告千子は薬剤師として薬局を開設し月収二万円余あり、原告等は所謂中流生活を営んでいる者であるが、方康は所謂一人息子であり、他に女子三人があるが方康の悲惨な死によつて蒙つた精神上の苦痛は甚大であること、一方被告初次は被告忠四の父として、相当の家財を有し、自己所有の貨物自動車で運送業を営んでいること、原告等は方康の死亡によりすでに自動車損害保険金として十三万円を受領し居ること等の事情を考え、且つ前説明のとおり原告千子の過失を斟酌し、原告各自の慰藉料を十万円宛とするのを相当と認める。

尚、原告直喜が方康の葬式費用として四万一千百円の出費をしたことは同原告尋問の結果明らかであるから、結局原告等の本訴請求は被告等に対し、原告直喜において十四万一千百円、同千子において十万円と、これ等に対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三十三年九月二十四日以降支払のすむまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容するが、その余は失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 平岡三春)

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